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現代の家族が抱えるしつけに対する矛盾―子どもは投資財から名誉財に変化した

家族は「夫婦・親子・きょうだいなどの少数の近親者を主要な成員とし、成員相互の深い感情的かかわりあいで結ばれた、幸福追及の集団 」(森岡、1997)と定義されています。 このように、家族の定義となると漠然としたものになってしまうのですが、それは今日の家族が直面している多様性と機能分化の流れの中で具体的な定義がしにくいということを物語っています。

家族が持つ機能

これは日本のみならず、世界的な潮流であることがいえるでしょう。近代化以降、産業化が進展する中、家族は小規模化し、従来家族が持っていた機能は外部化され、家族が果たす機能は縮減されていきました。

近代化前の家族は、生産・教育・保護・介護・宗教・娯楽・地位付与・愛情などの機能を持っていました。近代化によって、愛情以外の機能は企業、学校、介護サービス、政府などの専門的機関に外部化されました。その結果、現代家族の機能は、子どもの第一次的社会化と成人パーソナリティの安定化の二つにほぼ集約されました。

家族機能が縮小した半面、愛情や情緒的側面の安定・満足という、微妙かつ不安定で困難な役割機能に集約されることになったのです。

さらに、近代化前の家族にとって、子どもは「家業を継ぎ、労働力として現在と将来の生活保障の役割を果たしてくれる経済的存在」という性質が強かったのです。いわば「投資財」ということができるでしょう。

名誉財としての子ども

しかし、現在の私たちの家族においては、子どもは「育てる楽しみを与えてくれる、共によく育てることが親の名誉となって返ってくる」という存在になっています。いわば子どもは「名誉財」だといっていいでしょう(山田、1997)。

特に、日本では、戦後、高度経済成長期を境に「名誉財」としての子どもの位置づけが圧倒的になりました。もはや子どもは労働力として期待されることはないものです。

なぜ家族が子どもを育てるのかといえば、「家業を継いでもらう」だめでもなく、「老後の面倒を見てもらう」ためでもないのです。子どもを養育する理由は、「子どもを育てること自体に意味があり、それが楽しい」のです。

信頼関係としつけ

このような子どもの家族における位置づけの変化は、しつけに大きな影響を与えています。親は子供を投資財として扱うならば、それに即したしつけを行うというストーリーが成り立ちます。しかし、名誉財として子どもを位置付けると、子どもは愛すべきもので、互いに信頼し合う仲にならなければならないのです。このような信頼関係や情緒的な安定を確保するような、良好な関係を子どもと結んでいくことが重要なのであれば、そこにしつけは必要なのだろうかという漠然とした疑問が生じるわけです。

しつけは必ずしも良好な信頼関係を構築することに役立つわけではありません。しつけは、ある意味統制的な側面を持っています。子どもの個性を尊重するという考え方とは対極にある型にはめる強制的教育の性質を持っているのです。

現代の家族が持つ機能を踏まえると、近代化以前の家族が行っていたような「無意識的なしつけ」は行えなくなりました。今日の家族は「熟慮したしつけ」を行わなければならず、信頼関係を維持しながら、型はめ的な強制的な教育を行わなければならないのです。

参考文献

森岡清美・望月嵩(1997)「新しい家族社会学四訂版」培風館

山田昌弘(1997)「援助を惜しまない親たち」宮本みち子・岩下真珠・山田昌弘『未婚化社会の親子関係』有斐閣、73-96頁

千葉聡子(1999)「家族によるしつけを困難にしている要因―社会集団を必要とするしつけ―」『文教大学教育学部紀要』第33号