top:「叱る」ということ(4)本当に家庭のしつけ力は弱くなっているのか?

「叱る」ということ(4)本当に家庭のしつけ力は弱くなっているのか?

広田(1999)は、「家庭の教育力は低下した」という意見に疑義を呈しています。いわゆる「家庭の教育力が低下している」というイメージは事実を反映していないのではないかというのです。まったく逆に、今日の親はかつてよりも熱心に家庭教育に取り組んでいるというのです。

学校教育としつけ

歴史的にみると、広田(1999)によると、明治初期に学校制度が導入され、徐々に社会に根付いていく中で、大正期にようやく学校教育が日本に定着しました。それに伴い、「雇用者やサラリーマン」という階層が生まれました。彼ら新中間層は「教育する家族」でした。それまでの日本社会の家庭は必ずしも「教育する家族」ではありませんでした。以前の庶民の社会では、しつけや人間形成機能は家族ではなく、家族以外の者、たとえば、村や町のネットワーク、コミュニティにありました。しつけはコミュニティで共通したルールを学ばせていました。コミュニティでのしつけは、遊びや手伝い、地域の行事などを通して、無意図的に、自然に体得されますし、自得するものも多くありました。

このような時代が長く続いたのが日本社会だったのです。それゆえ、子どものしつけは親の責任だという認識は極めて希薄で、むしろ親は子どものしつけに対して無関心といってもよいくらいでした。

日本の伝統的な家庭教育のあり方

親の関心は子どもではなく、労働や生産といった問題にあり、親が注力すべきは「家」の存続にかかわる「家業」を成り立たせることでした。そして、家庭教育があるとすれば、そのような家業を成り立たせる技能を伝達していく教育でした。「しごとのしつけ」が家庭教育だったのです。このしごとのしつけは厳しく行われていました。

日本社会において伝統的に行われてきたのは「しごとのしつけ」であり、子どもは労働力としての意味が大きかったのです。

家業を成り立たせるために、子どもをはやく一人前にするために家庭教育があったのです。

地域コミュニティこそがしつけ主体だった

しかし、先に述べたように、学校教育が浸透し、都市を中心に新中間層が生まれ、裕福で教養のある専門職やサラリーマンなどの家庭が出現したことで、地域コミュニティが弱体化を始めました。それゆえ、地域コミュニティが持っていた人間形成機能を家庭内に取り込むことになりました。

また、新中間層家庭においては、学歴が子どもの将来に非常に重要であるという認識があったため、学力や進学に強い関心を払っていました。

この新中間層が信頼を寄せ始めた学校は、知識の伝達だけでなく、「学校は人間を作るところ」として生活規律を重視する場であり、新中間層が目標とするしつけや人間形成の理想は、学校教育が掲げた内容へと変化していくことになりました。

新中間層の教育・教育観は、戦後、高度経済成長と共に日本社会に普及・浸透していきました。学校教育・サラリーマン層の拡大と、地域コミュニティの解体と家業廃業が進み、しつけの担い手として家庭と学校が強調されるようになりました。

広田照幸(1999)「日本人のしつけは衰退したか講談社